夢の日常

 「……何やってるの、お父さん。早く行こう?」
  俺の袖を引っ張るのは、娘の遠坂夢である。今日は、夢も連れて家族でピクニックへと行くことになっていた。
「……あのなぁ、ユメ。お父さんの状態をみれば、早く歩けないのはわかるだろ?」
  右手にバスケット。左手に大きなトートバッグ。背中にはリュックサック。肩には三人分の水筒が掛かっていた。
「ねぇ、ユメ。じゃんけんで負けたのはお父さんだったよね?」
  ニヤっと嬉しそうにそう言う凛。俺がパーを出したところで二人とも後出しでチョキを出されては、勝てるはずがない。
「そうだよ。お父さん、頑張って!早く行こう」
  俺の腕をとって引っ張る夢。俺は、体勢を崩す。
「……おっと」
  前に倒れそうになったところで、凛がそっと支えてくれた。
「ユメ。このままだと、お父さん倒れちゃうから。両手の荷物だけ持ってあげましょ」
「うん。お父さん、バスケット持ってあげる」
  そう言って夢は、いつもポケットに入れている小さな杖を取り出して短い詠唱を唱えた。瞬間、右手に持っていたバスケットがふっと軽くなった。
「ユメ。重力操作魔術が使えるのか……」
「うん。簡単だよ、お母さんに教えてもらったんだ」
  母親の才能を余すところ無く、しかも将来的には凌駕するのではないか言われている上に、俺から固有結界をも受け継いだ神童の彼女には、俺の常識は通用しないのであろう。重力操作なんて、一通りの基礎魔術を学んだはずの俺でも、到底不可能な話だ。
「さすがわたしの子よね、士郎?」
  凛が耳元で、嫌味っ気たっぷりに呟いた。
「凛が二人いるみたいだ」
  俺もぼそっと呟く。
「わたしが二人いたら、士郎は幸せよね」
「本当に、今の俺は幸せだよ」
  今、こうして最愛の妻と、娘と一緒に楽しく会話している景色は、何ものにもかえがたい。

 幸せな気分に浸っていると、ちょんちょんと服の袖をひっばられた。何かと思って袖を見ると、夢がぷくっと頬を膨らませてこちらを見ていた。
「どうした、ユメ?」
「お父さんとお母さんが内緒話してるんだもん」
  凛と目を合わせて、二人ともクスリと笑った。そして、凛がしゃがんでユメと目線を合わせた。
「ごめんね、ユメ。その荷物はお母さんが持つから、三人で手を繋ごうか」
  次の瞬間、夢の顔にぱぁっと笑顔が戻った。
「蓮くんと綾華ちゃんと慎一くんが待ってるから、早く公園に行こうな」
  今日のピクニックには、桜と実典の息子の間桐蓮くん。綾子と一成の娘の柳洞綾華ちゃん。そして、ルヴィアと慎二の息子の慎一・エーデルフェルトくんも来ることになっている。恐らくは夫婦も、そして他の人たちも皆いるんじゃないかと思う。
「どうだ、ユメ?楽しみか?」
「うん。すっごく楽しみ!」
  夢は俺たちの手をしっかりと握り、ブンブンと前後に振りながら、満面の笑顔でそう答えた。

 俺たち家族三人は、手を繋ぎ一列になって、皆が待つ集合場所に向かって歩をすすめた。

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