繋がれた首飾り

「ねえ士郎、今日どこかいかない?」
 わたしは士郎にそう尋ねてみた。
「悪い。今日は忙しいんだ。でも夜には帰るから」
「そう、なら夜にお邪魔するわ」
 そう答えて電話を切った。
 去年のわたしだったら、絶対誰にも電話なんて掛けてないと思う。
 今日はわたしの誕生日だ。
 そのことを今日になって思い出したからといって、直ぐに士郎に電話をかけようなんて、本当にわたしは魔術師なのだろうか。
 別に誰かに祝ってもらいたいわけじゃない。
 両親も亡くなって、毎年誕生日は一人で過ごしてきた。だからといって感傷に浸ったことも一度もない。
 特別な日でもなんでもない。そう思っていた。
 なのに……わたしの頬には涙が伝っている。ああ、そうか。わたしにも誕生日を祝ってもらいたい大切な人が出来てしまったんだな。そのことに気付いてしまった。
 でも、そんなことは絶対に顔に出したりしないし、今日は普段通りに過ごそうと思う。
 
 でもやっぱり手持無沙汰で……。なんだか、悲しくなってしまうのでわたしは布団に入った。
 枕を抱えて横になっていると、涙がとめどなく流れてくる。
 本当にわたしはどうしてしまったのだろう。
 泣き疲れて意識が遠のいていく。士郎に早く会いたい。そう思って、わたしは眠りについた。
 
 
「遠坂、遠坂……」
 遠くから誰かがわたしのことを呼ぶ声がする。
「遠坂……遠坂……」
 ああ、士郎の声だと頭も理解する。しかし、体のほうは言うことを聞いてくれない。
「遠坂…遠坂………」 
 確かに士郎の声だ。きっと、心配になって迎えに来てくれたのだろう。
「遠坂…遠坂、起きてくれ」
  意識もはっきりしてきた。しかし、目はまだ開けない。どうせなら、無理やり起こされるまで待ってやろうと思う。
  しかし、そんなわたしの思惑は次の士郎の一言で大きく崩れることになる。
「凛、起きてくれ……」
「ちょっと、アンタ今何て言った?」
  思わぬ一言に、思わず飛び起きてしまった。
「なんだ遠坂、やっぱり起きているんじゃないか」
  士郎は呑気にそんなことを言っている。
「話を逸らすんじゃないわよ。今何て言ったの?」
「起きてくれって言ったんだ」
「そこじゃないわよ!その前!」
  とぼけているのか、ふざけているのか、馬鹿なのか。士郎の返事にイライラしてしまう。
「……凛」
  やっぱりだ。士郎はわたしのことを凛と呼んだ。
「もう一回」
「……いや、遠坂?」
「違う、もう一回」
  顔を赤らめて黙っている士郎。なるほど、照れていただけか。
「凛」
「やっぱり、凛って言ったわね」
「ごめん。気に障ったよな」
  士郎は朴念仁にも謝ってきた。
「どうして士郎はそう思うの?」
「そりゃ、凛って俺が呼べばアイツのことを思い出すだろ?」
  うそっ……じゃあ、士郎がわたしのことを凛って呼ばなかったのは、わたしがアーチャーのことを思い出すのを気にして……。
「そんなことない。わたし、ずっと士郎がわたしのことを凛って呼んでくれるの待ってたんだから!」
  ああ、もう今日は涙腺が緩い。涙が止まらない。
「……そうだったのか」
「そうよ……朴念仁」
  そう言ってわたしは士郎の胸を叩いた。
「ごめんな、凛」
  ああもう。これだから士郎と付き合うのは大変なのだ。
「ごめんじゃないわよ……ばか……責任とりなさいよ」
「なんでさ?」
  素でハテナマークが頭の上を回っている士郎。思わず笑ってしまう。
「なんだよ遠坂。ほら、行くぞ」
  そう言って士郎はわたしの手を取った。
「もう終わり?」
「ああ、あんまり言うとアイツみたいになっちゃうしな」
  どうやら本当にアーチャーの所為で、士郎はわたしを凛と呼ばなかったらしい。
「どこへ行くの?」
「もちろん家に。早く帰らないとご飯が冷めるぞ」
  外出できる服を着たまま寝てしまったので、ちょっとスカートを直すくらいで準備は整う。そうして、わたしたちは士郎の家に向かって歩きだした。
「ごめんな。今日、せっかく電話を貰ったのに」
  突然そんなことを言われ、ドキリとした。しかし、今更誕生日なのに一人になってしまって、寂しくなって泣き疲れて寝てたなんて士郎に言おうものなら、今日一日、いや一ヶ月ぐらい謝り続けられて、ずっと気遣われることになるだろう。流石に大げさだと思うかも知れないが、士郎の場合は大いにあり得るのだ。何せ、自分の命より他人の命の方が大切って人だから……。
「……やっぱり怒ってるよな。遠坂?」
「えっ?そんなことないわよ。わたしも寝てたし、孤独感はあんまり感じなかったわ」
「あんまりってことは、感じてたってことだよな」
  うっ。こういう時の士郎はやけに勘が鋭い。
「遠坂、ちょっと立ち止まってくれるか」
  士郎にそう言われたので、わたしは立ち止まった。すると、わたしの後ろを歩いていた士郎がわたしを包み込むように抱き締めた。
「ちょっと……しろう?」
  呆然としてしまって、声も上ずってしまった。
「そのままじっとしててくれ」
  そう言って士郎は、わたしを抱き締めていた手を上げて、わたしの首の方に近付けて何かをわたしの首に掛けてくれた。
「えっ……士郎?」
  思わぬ出来事に身動きが取れない。
  視線を落とすと、わたしの首には見覚えのある赤い宝石のペンダントが掛けられていた。
「誕生日おめでとう、凛」
  何がなんだか分からない。
「これは……」
「遠坂のお父さんの形見で、俺と遠坂を繋ぐ大切なネックレスだよ」
  士郎の命を救ったネックレス。アーチャーから預かったものと合わせて二つあるから、一つは士郎にあげたのだ。そのネックレスがわたしの首に掛かっている。
「やっぱりこれは遠坂に返すよ。俺がこれをもってたらいけないんだ……」
「どうして?」
  そうわたしが問い掛けると、士郎は優しく抱く力を強めてくれた。
「掛けはしないけど、毎日持ち運んでいるくらい、俺はそのペンダントを大切にしてる。でももし俺がずっとペンダントを持っていたら、俺はきっと遠坂の側を離れるときに迷うことはないと思う。だからこそ、将来俺がアーチャーのようにならないように、俺はこれを持っていたらいけない。これは凛じゃないから。俺には凛がいればいいからさ」
「……士郎」
  今日のわたしはどうかしてる。ずっと泣いてばかりだ。でも、それが嬉しい。わたしが士郎を想う気持ちが本物だって実感できるから。
「……凛。家に帰ろう」
  そう言ってわたしたちは歩きだした。
 
 
「ただいま」
  やっぱり士郎の家に入ると安心する。馴れ親しんだ廊下を進んで、居間に入るために襖に手を掛けた。
  襖を開けた瞬間、目の前に紙吹雪が舞った。
"パンパンパンパン"
  クラッカーの音が響き渡る。
「姉さん、誕生日おめでとうございます」
  立っていたのは桜だった。
「桜、あなたどうして……」
「姉さんの誕生日を忘れるわけがないじゃありませんか」
  不意討ちだ。卑怯だ。こんなことされて感動しないわけがない。
「姉さん、これ」
  そう言って、桜は一つの箱をわたしにくれた。
  開けると中に入っていたのは、赤色の可愛らしいリボンだった。
「姉さんだけじゃないんです。わたしだって姉さんとの思い出は大切なんですよ」
  そんなこと分かってる。桜の笑顔を見ていると、どうしても涙が出てきてしまう。桜に涙を見せないように、がっちりの桜のことを抱き締めた。
「アンタらね。そんなの見せられちゃったら、あたしらの出番がないじゃない」
「綾子」
  桜の隣には綾子もいる。
「やっぱり家族が増えるっていいわね」
「藤ねぇは目的が違うだろ」
  藤村先生の視線は所狭しと並べられた料理に向けられている。
「貴様の為に来たわけじゃないぞ。来ないと夕食はないって桜がいうから僕は仕方なく……」
「兄さん、誰も夕食抜きなんて言ってませんよ」
  慎二も来ている。
「遠坂の誕生日を教えてくれたのは桜なんだ。ケーキは、オトさんが。食材は藤ねぇが。パーティー用品は美綴と慎二が集めてくれたんだ」
  皆がわたしのために動いてくれた。その気持ちが嬉しかった。
「皆、ありがとう」
  一人一人顔をみる。皆が、わたしに笑顔を返してくれる。


  アーチャー、わたし頑張ってるよ。こんな幸せな顔に囲まれて、わたしと士郎が幸せになれなかったら嘘だよね。
  もっともっと士郎と一緒に幸せになるから。アンタももう悲しまなくていいからね。

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