使い道

 「ここに第二十三回衛宮家家族会議の開催を宣言する」
  衛宮家の居間は、厳粛な空気に包まれていた。
「本日の議題については既に承知のことかとは思うが、桜に詳しく説明してもらう」
  間桐桜が起立し、真剣な面持ちで語りだす。
「昨日のことです。わたしは衛宮家を揺るがす大きな問題に直面することとなりました。その一部始終を説明します」

~side Sakura~

 今日の夕食は何にしようかなぁとそんなことを考えながら、わたしはマウント深山商店街で買い物を楽しんでいた。
「おう、桜ちゃんじゃないか!!今日はサンマが安いよ。どうだい、買っていくか?」
「サンマですか。いいですね。おいくらです?」
「一尾140円。でも桜ちゃんには一尾120円にしよう。これでどうだ!」
「よし、乗りました!!そうですね、10尾ください」
「ほれ、活きが良いヤツ10尾。まいどあり!!」
「はい。また安くしてくださいね」
「ははは。いいヤツが入ってきたら真っ先に桜ちゃんに売るぜぇ。もちろん安くするよ。おっと、忘れるとこだった。ほいこれ、商店街の福引き券」
「福引きですか?」
「そうとも。あっちでやってるからやってきな。おまけで3回分の券をあげといたから」
「本当ですか!ありがとうございます」
「いいってことよ。また来いよ!!」
「はい!!」
 魚屋を後にしたわたしは、八百屋、米屋、酒屋、肉屋でも同じような会話を交わし、着々と福引き券を手に入れていった。いつの間にやら、わたしの手には25回分の福引き券が握られていた。
「あの~。福引きしてもいいですか」
「あら桜ちゃんじゃないの。いいわよ、券は持ってきた?」
「はいこれです」
「………ずいぶん沢山持ってるわね」
「ええ。皆さんおまけしてくださったんです」
「そう。桜ちゃんはわたしらにとって大切なお得意様だからねえ。一等を当てておくれ」
「一等ってなんですか?」
「HDD内蔵のフルハイビジョン液晶テレビよ。頑張って」
「はい!」
 そうしてわたしは、目の前においてある抽選器の取っ手部分を掴み、一回転させた。ガラガラという音の後、赤色の玉が出てきた。
「残念。はずれだね。まだまだ券はたくさんあるんだからどんどんまわしていいよ」
 幸い、抽選場はそこまで混んでいなかった。抽選器も三台あるし、わたしが一台を独占したところでそこまで他人に迷惑はかからないと思う。
「じゃあ、どんどんまわしますね」
 そうしてわたしは、ガラガラと抽選器を回し続けた。そして、出てきた玉は………
 赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、緑(商品券300円)、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、緑、赤、赤、赤、赤
 そして、手元の福引券は残り2回分となっていた。もう既に23回の挑戦を終え、成果はポケットティッシュ21袋と、商品券600円分。怒涛のはずれラッシュに、いつの間にかわたしの周りには人だかりができていた。
「えっと、桜ちゃん。………頑張って」
「あっ………はい」
 異様な雰囲気の中、わたしは24回目の挑戦をするため、わたしを嘲笑うかのような抽選器の取っ手に手をかけた。
 ガラガラガラガラ…コトン
「「………っ!!」」
  赤い玉だった。
「……あと一回ですよね」
「そうね」
 わたしは 抽選器と向かい合った。周囲に緊張が走る。最後の一回。なんとしてでもベルの音を聞きたかった。震える手で、わたしは抽選器の取っ手を握った。その時だった……
「あれ、桜じゃないか」
「せ……先輩っ!!」
 先輩の顔を見た瞬間、熱いものがこみ上げてきた。わたしは先輩に抱きつき、先輩の胸の中で泣いていた。
「どうしたんだ、桜?」
 先輩は状況が把握できず、困惑した表情をしている。ただ、わたしも涙が止まらず説明しようにも口が開けない。
「士郎ちゃん、いいところにきたわ。桜ちゃんはね、これまで24回も抽選したんだけど6等が21回と5等が2回しか出てないの。でも、桜ちゃんが抽選器を回してる間に両隣では何回も当たりのベルが鳴っていたのよ。だから、後一回しかできないって場面で士郎ちゃんが現れたからそれまでの緊張の糸が切れてしまったのでしょうね」
「……桜」
 先輩がそっとわたしの顔を持ち上げた。
「最後の一回、一緒に回そうか」
 先輩の優しい声が深くわたしの心に染み渡った。
「はい!!」
 もう怖いものは何もなかった。最後の一回、わたしは眼前の敵を全力で倒しにいく。
「いくぞ!」
 抽選器の取っ手を握ったわたしの手に先輩の手が重なる。これまでの不幸はこの展開へ持ち込むための序章だったのか。今、わたしはこれ以上ないほど幸せを感じていた。
 抽選器が一回転し、抽選器の中から玉が出てきた。
「「………っ!!」」
 玉の色は銀色。
「大当たり~~~!!!!」
 会場が大いに沸き上がった。

~side Sakura End~

「……ということがありまして、2等の5万円分の商品券が当たったんです」
「だから、この商品券で何を買おうか決めようと思って、今日はみんなに集まってもらったんだ」
 会議に集まったメンバーの反応はまちまちだった。
 遠坂はさも呆れたような表情をしている。藤ねえは浮かれきっていることを隠しきれていない。セイバーは期待のまなざしでこちらを見つめている。イリヤは無関心。ライダーは、冷静に桜を見守っている。美綴は、大爆笑している。セラとリズは、なぜか口論している。バゼットとカレンは、いつものように口論していた。ランサーはそれを止めようとしてぼこぼこにされている。小ギルは、楽しそうだ。アーチャーは、知らない。
「それにしても、桜の薄幸ぶりはすごいわね」
「……姉さん、何か言いました?」
 うわっ、桜と遠坂の空気も一気に険悪なものとなった。まあ、いつものことだが………
「で、みんな何か欲しいものはあるか?」
 この質問に対するメンバーの反応は上々だった。
「お姉ちゃん焼き芋がいい!!焼き芋たーくさん作ろう」
「ふむ、なるほど大河の案も捨てがたい。しかし、私は世界三大珍味と呼ばれるものを是非とも一度食してみたい。ダメでしょうか、シロウ」
「そうだなあ、買えなくもないけど………、ライダーは何か欲しいものはないか」
「そうですね。オートバイが欲しいですね」
「それは無理。というかダメ」
 ライダーにオートバイなんてあげた日には、どうなることか分かったもんじゃない。ただでさえ、今は亡き二号の姿を思い返せば、乗られるオートバイもかわいそうだ。でもまあ、ライダーは二号のことを最後まで大切にしてたから、オートバイを買ってあげたら手入れとかはちゃんとやるんだろうけど……。そもそも、5万円じゃあオートバイは買えっこないが。
「話が纏まんねえなら、オレに釣り竿をくれるってのはどうだ、坊主?」
「あのなあ、どうして俺がオマエに釣り竿を買わにゃいかん?」
 俺はランサーに殺されかけたんだぞ。
「いいじゃねえか坊主。なあ、バゼット」
「ええ。士郎君もランサーから魚を貰うことが多いのですから、たまにはランサーに礼をかねて何かをあげるというのもいいのではないですか。一度殺された相手というので恨む気持ちも分かりますが」
 バゼットが言うとそうかもなと思ってしまう。
「あらバゼット。そんなことを言って、本当は貴方ランサーの気を惹きたいだけなクセに」
 カレンがぼそっと言った。
「な……そんなことはありません。そもそも貴方がランサーを素直に返さないからこう回りくどく言わなければならないんじゃないですか」
 うわっバゼット、言葉がものすごく矛盾してる気がする。
「貴方がその左腕を私に預けるのであれば、今にもランサーは返却しますが」
 こうして毎回、二人の会話は口論へと発展していくのだ。
「お兄ちゃん、二人のことはほっといて、イリヤと遊ぼう」
「ちょっとイリヤ抱きつくな。それに、今は5万円の使い道を考えなくちゃいけないんだ。それが終わったらイリヤと遊んでやるからおとなしくしててくれないか」
「聞き捨てなりませんね。貴方のような下々の者が、お嬢さまに対して『遊んでやる』とは何事ですか。訂正しなさい」
 ………やってしまいました。これ、まずいよね。
「セラ、シロウも反省してるしその辺にしなさい」
「シロウ、リズも遊ぶ」
 助かった。これで、殺されずには済むだろう。
「そうだな。まあ、五万円の使い道が決まったら、みんなでぱあーっと遊ぼう」
「それで、その肝心の5万円の使い方はどう決めるわけ?」
「どうって、みんなの意見を聞いて、みんなが納得するような使い方をしようかと思ってるけど」
「そんな正義の味方じみたことを言うなら、生活費に使うのが一番なんじゃない?」
 むむっ。快楽主義者の遠坂にしてはなんともエコロジカルな発言だ。
「そんなこと言ってもCO2削減には繋がらないぞ、遠坂」
「はあ?わたしは衛宮くんのためを思って言ってあげてるんだけど」
 なんだか、遠坂がまるで別人のように見える。
「先輩、姉さんに騙されちゃいけません」
「桜!!」
「姉さん、この間宝石を大量買いしてお金がないんです。それで、もう2ヶ月ぐらい食費を滞納してます。仕方なく、わたしが姉さんの分を立て替えていますけどね」
 まんまと騙されるとこだった。
「遠坂、この5万円を生活費に使っても、遠坂は桜に生活費をきちんと払うんだぞ」
「うっ……分かってるわよ、そんなこと」
 いや、分かってなかったと思うぞ。
「さて、そうだな。美綴はなんか欲しいものあるか」
「あたし?いいの?あたし部外者だけど」
「部外者って言っても、家族みたいなものじゃないか。美綴の意見も聞いておくのが筋ってもんだろ?」
 珍しく美綴がポカンという表情をした。
「いや、あたしは別に欲しいものはないよ。ただ、敢えて言うなら衛宮と射をしたいってとこかな」
「それ、5万円全然関係ないし」
 あとは、小ギルだけど、彼はお金なんていくらでも持っているだろう。全く興味を持っているように見えない。
「お兄さん、ひどい。ボクの出番これだけでしょ」
「ごめん」
 もう一人、敢えて無視してきたヤツがいるが……
『理想を抱いて溺死しろ』
 彼は明らかにそう語っていた。あとで、俺がこの前買って気に入ったステンレスの包丁でも買ってあげよう。やっぱり、包丁は投影ものより本物の方が使い心地がいい。
 閑話休題。そろそろ、どうするか決めよう。あとは……。
「そうだな。じゃあ、やっぱり桜に使い道を決めてもらおうか」
「そうね。桜が当ててきたんだし、それが一番良いと思うわ」
 遠坂が賛成し、見回せば皆も頷いてくれた。
「じゃあ、そうしよう。桜、何か買いたいものはあるか?」
「そうですね。特にこれといって欲しいものはないです。姉さんが言うように生活費に使うのが一番だと思います。ただ……」
「どうした?」
 桜が少し言い淀んでいる。
「その、提案があるんですけど」
 なんだろう。みんなも桜に注目している。
「大きな写真立てを買いませんか?」
 写真立てか。ということは……。
「せっかくの記念なので、みんなで写真を撮りませんか?」
 桜の意見に対して、反対意見はなかった。
「写真か。そう言えば、ここにいるみんなが全員写ってる写真ってないかもな。そうだ、一成や葛木夫妻も呼ぶか」
「写真、撮ろう!撮ろう!」
「考えたじゃない、桜。姉として、鼻が高いわ。ねえ、アーチャー」
「リン、私も写らなければいけないのか?」
「アヤコ、せっかくですので一緒に写りましょう」
「ちょっとライダーさん。その、あたしは……」
「写真ですか。私が女であることを隠すために、肖像画を描かれるのは全て断ってきました。でも、今はその心配もない。今までも、写真を何度か撮りましたが、今回は特別な気がしますね」
「お兄ちゃんの隣が良い!!」
「お嬢さま、こんな下々の者の隣などいけません」
「シロウとイリヤの隣、いい」
「これだけ女がいたら両手に花どころじゃねえな」
「ランサー、貴方はわたしの隣ですからね」
「ランサー、私から逃げられると思って?」
「……ボクはこっそり、由紀香たちでも連れてこよっかな」
 とまあ、そんな感じでみんなと写真を撮った。この写真は、一生の宝物として衛宮家の居間に飾られることだろう。時というのは、あっという間に流れるものだ。このみんなと過ごす大切な時間も、きっとあっという間に過ぎていくんだと思う。だからこそ、この一瞬一瞬を大切にして、他でもないみんなと幸せな毎日を送っていきたい。聖杯戦争が終わるまでは、考えもしなかったことだけれど、今は家族が俺にとって一番大切な宝物だ。そんな家族と撮ったこの写真は、俺にとっての宝物である。





~side Shinji~

「ひょっとして、僕のこと忘れられてないかい?」

~side Shinji End~
 


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